20210801

暑い 夏休みって感じの天気が続いている。夏休みって感じの天気が突然怖くなるときの感じがめちゃくちゃ好きじゃない。心霊番組をゆるせない。

『プロミシング・ヤング・ウーマン』2020 エメラルド・フェンネル  

映画の最後、キャシーは結局、力で負けて男に殺された。でも、めちゃくちゃ考え抜いて用意周到にした復讐の計画の中には、当然その可能性も組み込まれていた。自分が殺されることまで見込んだ計画を立てること。それを賢くてすごいねって言うとエンタメになる感じするけど、でも殺されてるんだよって思う。あの、枕を顔に押し当てられた時の無力感について、恐怖について、到底想像などしようとすらしない人たちを、自分が女ではないからという理由でキャシーの悲劇が自分とは無関係のものだと捉える人たちを、心の底から軽蔑する。

キャシーは事件の関係者を訪ねて行っては「覚えてる?」と聞く。事件を、その被害者の名前を、覚えてる?と聞いて回る。

大学の学長は事件のこともニーナの名前も覚えていない。なぜ忘れたの?と聞かれると、「そういう告発は週に2、3回とかそれくらいよく来るものだから一つ一つを覚えてられない」みたいなことを言う。でも加害者であるアル・モンローの名前は覚えている。"優秀な人で、講演もした"と言っていた。

元同級生は事件のことを覚えていて、ニーナの名前ももしかしたら覚えているのかもしれないけど、その名を口にしようとはしない。

キャシーは勿論過去に自分がしたことをなかったことにして、相応の償いをしていない人達に対して憤っているのだけど、それと同時に、事件以前からニーナ自身に関係していたはずの人たちが、その事件を忘れようとすることによって、ニーナが生きていたということも一緒に忘れて、なかったことにしようとすることに憤っているのだと思った。

「心が通じ合ったじゃないか」と言った小説家の男に対して「じゃあ私の名前は?」と質問するキャシーと、答えられない男。バーの前でライアンと会った時にライアンが男に聞くのも「この人の名前知ってる?」で、答えられない男。毎夜バーに通うキャシーは、"名前を覚えられていない人"に自らがなることでニーナと自分を重ねて、ニーナが現在進行形で受けている「なかったことにされる」という暴力を追体験しているように見えた。

ライアンにキャシーが心を開いたのは、はじめに再会したコーヒーショップでライアンに"カサンドラ?"と本名を呼ばれたから、名前を覚えられていたからだと思う。当時の弁護士がニーナの名前を覚えていた時の、キャシーの救われたような表情。この弁護士のことだけを、事件の関係者の中でキャシーは唯一許した。

最後の復讐でキャシーはアル・モンローに本名を聞かれた時、ニーナのフルネームを名乗る。ニーナが存在したということを自分を使って証明するためだと思う。

キャシーは最後の語りで、「私以外に誰かキャシーのことを思い出した人はいた?」と言っていた。ニーナのことを誰も思い出さなかったら、ニーナはいなかったことになってしまう。それは本当に切実なことだと思った。

ニーナの母親に会いに行ったキャシーが「ニーナの16歳の誕生日のことを覚えてる?」と話していたところが一番泣けた。キャシーが覚えてるのは、当然ニーナの名前だけじゃない。彼女にまつわるもっとたくさんのことを覚えているのに、名前以外の話をできるのは母親ぐらいなんだと思う。そんな母親に「何しにきたの?」「もう来ないで」「みんなのために前に進んで」と言われるところ。どう考えても悲しすぎる。そんなふうに言われたところで、キャシーには"前"の意味が、その言葉が示す方向がわかっていない。一人で乗り越えられるような傷じゃない。

ニーナの名前が書かれたネックレスだけが、燃えたキャシーの灰の中で燃えずに残っているカットは、ニーナがいたことを最後まで証明しようとしたキャシーの努力の結果だと思う。

最後にコーヒーショップの店主のもとにキャシーの名前が書かれたネックレスが贈られるのは、現在の彼女が唯一"友達"と呼んだ人に、自分の名前を忘れてないでほしいということだと思う。

人はどうしても忘れてしまうものだけど、故意に忘れようとすること=なかったことにするのは隠蔽工作であって、あったものに対する明確な暴力だ。ニーナに対する暴行は確かにあったのに、ニーナは確かに生きていたのに。それをなかったことにしようとする人たちの団結、協力、絶対に許せないもの。

キャシーは最後の語りで「ニーナにはアル・モンローの名前がついて回った」「名前がついて回らなければならないのはお前の方だ」みたいなことも言ってた 誰かの名前が語られる時に他の人の名前に場所を取られること、そうさせている、そうしている周囲の人間たちがたしかに行なっている暴力。

名前を覚えられていなかったことが大事件として描かれていたのは『勝手にふるえてろ』だった。イチは、高層マンションのベランダで「きみの名前なんだっけ?」とヨシカに聞いた。『ここは退屈迎えにきて』の橋本愛も、 当たり前みたいに成田凌に名前を覚えられていなかった。

ユ・ナビは名前がナビ=蝶だから、という理由でパク・ジェオンから気にされてるだけなのか…?


帰り道でBTSの『Life goes on』を聞いて、サビの歌詞がこれまでずっと慰めのように思えていたけど、残酷にも聞こえると思った

Like an echo in the forest

하루가 돌아오겠지(1日が戻ってくるだろう)

아무 일도 없단 듯이(何事もなかったかのように)

Yeah, life goes on

Like an arrow in the blue sky

또 하루 더 날아가지(また一日 飛んでいくんだ)

On my pillow, on my table

Yeah, life goes on

Like this again

"何事もなかったかのように"進んでいく時間に対して、このサビを経て、曲の最後に呟くように繰り返される「I remember」は、慰めと勇気、抵抗だと思った。