20170229

渋谷で『ラ・ラ・ランド』(デイミアン・チャゼル 2016 アメリカ)を観た。美術がすべてとてもよかった。タップダンスが好きなので、冒頭の夕暮れタップダンスがよかった。あと科学博物館のシーンがよかった。振り子時計ってなんかスゴいなあって昔から思ってた。地球が回ってることが目に見える。浮いちゃうところはアイデアも撮りかたも安直さの極みみたいになってたけど。

ジャズについて説明しているシーンで、夢を語るところがよかった。自分にとって大切なことを、そんな風に教えたくなってる時点でもう始まってるんだね。恋の始まりに口実をつけて映画を見に行くのはみんなおんなじなんだなぁとか。2回くらいでてくる口論のシーンのリアルさにギュッとなる。なんか、長いが。4人で会食するシーン、ジャズが聴こえて、店を出た後のあの笑顔とか。そういう感情の動きや行動を重ねて2人の人格を表現していくところはよかった。

私は、ミュージカルは、心の動きがメロディになって歌い出してしまうところが良いところだと思っていたから、違うんだなぁと思った。嬉しい時に歌う、悲しいときに歌う、それがミュージカルだと思ってた。誰でも歌っていいんだとそういう魔法だと思ってた。音楽が全然そういう雰囲気で鳴ってなかったのがよくわからない。渋滞にいて車を出てみんなが踊るというのもそもそもわけがわからない。夢を追いかける彼らと渋滞になんの関係があるのか。

全体を通して「誰しもを説得するに足る」雰囲気が悲しい。「夢を叶えるためには捨てなきゃいけないものがある」なの?そんなの、捨てたことがあると思ってる人がそういうことにして正当化しながら語ってるときのいいかたじゃないの?「夢を叶えるためにそうしてきた」ってたったそれだけじゃないの?

想像し得る平行世界についても、その可能性についても全部含めて、「それでも、人生のぜんぶを肯定するして祝福する」というポジティブな魔法に、全く届いていない。それを最後の笑顔と一回の頷きでやろうとするんだからひどくありきたりじゃないか。

どうでもいいことだけど、「I miss you」を「寂しい」とと訳すのは、ぜんぜんちがうんじゃないか、と思った。